1 民法715条1項は,「ある事業のために他人を使用する者は,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」として,いわゆる「使用者責任」を定めています。例えば,トラック運転手が業務として運転中に起こした交通事故について,事故の被害者は,運転手本人だけでなく,その雇い主である会社に対しても損害賠償ができるという意味です。
2 この規定によれば,以下の2つの問題が生じ得ることになります。
① 会社が被害者に対し損害賠償を行った。会社は労働者に対し,賠償金として支払った金額を請求(求償)できるか。
② 労働者が被害者に対し損害賠償を行った。労働者は会社に対し,賠償金として支払った金額を請求(いわゆる逆求償)できるか。
3 このうち,①の問題については,最高裁判所の判例(最判昭和51年7月8日)により,「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」において労働者に求償できるとの判断が確立しています。つまり,労働者が起こした事故であっても,会社は労働者に全額を請求できるとは限らない,ということになります。
4 これに対し,②の問題については,これまで統一的な判断がありませんでしたが,最判令和2年2月28日が初めて最高裁としての判断を示しました。
同判決は,「被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができる」として,この場合にも労働者から使用者に対する請求(求償)ができることを認めました。
労働者としても,自分の過失により事故を生じさせてしまったことに負い目を感じ,なかなか会社に対する求償という発想に至らない可能性がありますが,最高裁判例で求償できることが明確化されたことは,労働者保護の観点から大きな意味があると思われます。
なお,実際には,加入する自動車保険で損害がカバーされ,問題が顕在化しないケースも多いでしょう。
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