1 素因減額とは
被害者が事故前から有していた事情(これを「素因」といいます。)が損害の発生や拡大に影響している場合に、賠償金の算定においてそのような事情を考慮して、賠償金の額を減額することを素因減額といいます。
賠償金の算定で考慮されうる素因は、「身体的素因」と「心因的要因」の2つに分けられます。
2 身体的素因
⑴ 最高裁平成4年6月25日判決
【事案】
事故前から一酸化炭素中毒であった被害者が、交通事故により頭部打撲傷を負い、その後死亡するに至った。
【判決】
民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し、被害者に生じた損害額の50%を減額した。
⑵ 最高裁平成8年10月29日判決(いわゆる「首長判決」)
【事案】
平均的な体格と比べて首が長く多少の頸椎の不安定症があるという身体的特徴を有している被害者が、事故により頭頸部外傷性症候群の傷害を負った。
【判決】
「身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、・・・・損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできない」として、減額を否定した。
⑶ 最高裁平成8年10月29日判決(「OPLL判決」)
【事案】
事故前から頸椎後縦靭帯骨化症(OPLL)が進行し、神経症状を起こしやすい状態にあった被害者が、事故により頸部運動制限、頸部痛等の症状を発症した。
【判決】
被害者の罹患していた疾患が治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白であるから、事故前に疾患に伴う症状が発現していなかったとしても、加害者に損害の全部を賠償させることは実質的に公平ではないとして、損害の額を定めるに当たり被害者の疾患を考慮すべきとした。
3 心因的要因
⑴ 最高裁平成12年3月24日判決(「電通判決」)
【事案】
新入社員(男性・24歳)が慢性的な長時間労働に従事していたところ、うつ病に罹患し、入社の約1年5か月後に自殺するに至った。
※ 労災事故に関するものであるが、交通事故についても妥当すると考えられている。
【判決】
労働者の性格が個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格を心因的要因として考慮することはできないとして、減額を否定した。
4 まとめ
損害賠償において基本理念とされる「損害の公平な分担」という観点より、一定の場合には、被害者が事故前から有していた素因(身体的素因・心因的要因)が賠償金の算定において考慮されることがあります。とはいえ、裁判において素因減額が認められるのは、かなり限定的なケースであると考えられます。
相手方保険会社から素因減額の主張を受けた場合、まずは交通事故事案に習熟した弁護士へ相談されることをお勧めいたします。
以上
関連記事はこちら
- 交通事故⑬ 損益相殺
- 交通事故⑭ 人身傷害保険
- 交通事故解決事例 「治療費支払い打ち切り事例への対応」
- 交通事故⑪ 過失相殺
- 交通事故コラム 治療打ち切りへの対応
- 交通事故⑩ 傷害慰謝料・後遺障害慰謝料
- 交通事故⑨ 家屋改造費,定期的な交換が必要な物品
- 交通事故⑧ 将来介護費(付添費),将来治療費
- 交通事故⑦ 労働能力喪失期間
- 交通事故⑥ 後遺障害逸失利益(後遺障害等級の認定及び労働能力喪失率が問題となる事案)
- 交通事故⑤ 後遺障害逸失利益(算定方法,基礎収入,問題となる症状)
- 交通事故④ 休業損害(休業日数,退職・解雇事例)
- 交通事故③ 休業損害(基礎収入の認定方法)
- 交通事故② 入通院に伴う費用(入院雑費,通院交通費など)
- 治療費~必要性・相当性(特に,整骨院の治療費)
- 交通事故における立証責任と事故態様の立証
- 物損に関する慰謝料について
- 交通事故における代車費用
- 交通事故と労災保険について
- 業務中の交通事故の賠償金、会社に求償できる?
- 示談交渉成立後に後遺症が発覚した場合
- 通院交通費
- 交通事故の自覚症状と他覚症状
- 交通事故の治療中にまた交通事故に遭ってしまったら?
- 物損事故の場合は慰謝料が認められない?
- 生活保護と交通事故ー医療扶助相当額の返還についてー
- 相手方から人身事故扱いしないでほしいと言われたら?
- 自賠責による病院代直接払
- 死亡事故における慰謝料請求
- 後遺障害認定について
- 代車使用料
- 所有権留保付・リース車両の損害賠償請求者と、修理未了の損害賠償請求権の有無
- 事前認定(一括請求)と被害者請求(16条請求)について
- 車両の評価損について
- その示談金、増額できるかも?
- 交通事故によって必要となった介護費用について
- 自賠責の被害者請求
- 「仮渡金」制度とは?
- 減収がない場合の逸失利益